創立趣旨及び経過報告(創立の原点)

国際ロータリー・認証状加盟認証伝達式   (2011年11月4日)

創立趣旨及び経過報告     新クラブ提唱者:藤井 丈久

2010年、3月4日、私は 自クラブ(当時は稲城RC)のクラブ協議会で新クラブ設立宣言をしました。 当時の記録を物語るものに、3月4日のクラブ会報に、その時のコンセプトが議事録として記録されてありますので、それを読み上げます。

会報記録 2010年3月4日 東京稲城ロータリークラブ『クラブ協議会』

議長 塩崎 哲史会長

テーマ『新クラブ設立へ向けて』副題:新クラブ設立のためのコンセプト

提唱者 藤井 丈久

このたび、私は新クラブ設立の希望を掲げ、先月の理事会にクラブ協議会の開催を上程し、理事会でその承認を得て、本日のクラブ協議会を開催する運びとなりました。
私はこの稲城市に、もう一つのクラブを作ってみたいと希望するものです。多摩東グループは現在5市9クラブで、稲城市を除いて 各市には2クラブのロータリークラブが存在します。2クラブが存在する市で、中には稲城市の人口より少ない市もあり、稲城市だけが1クラブという状況です。
しかも稲城市は 完成された他の市と違って 若葉台駅周辺 の開発を中心に、これからも まだまだ人口増が見られ 大いに発展していく町だと思います。
近き将来、稲城市の人口増を前提に考えた時、この市に、もう一つのクラブを作るポテンシャルは 高いものが有ると判断します。
また、一昔前と違って、ロータリアンを募るとき、市内限定ではなく、周辺地域も対象になり、更に一業種1社から一業種5社までに緩和され、且つ女性会員の受け入れも可能になりました。

従ってこれらの要素を鑑みた時、この市にもう一つのクラブを作りたいというのが私の希望です。

新クラブ設立を希望する目的は、今のクラブの『受け皿的で、性格の違う役割』の子クラブ作りを目指し、本クラブとの協力体制で、その相乗効果を図り、大いに地域貢献したいというのが大きい目的です。その結果、ロータリークラブの永遠のテーマである、『拡大はロータリークラブの歴史である』に挑戦でき、また地区並びに各クラブの重点目標でもあり、義務でもある『会員増強』にも好影響を与えることになるものと確信します。
新クラブを設立する段階では、敢えて本クラブとの競合は避けたいので例会開催の曜日と時間を異にし、また、本クラブ(稲城ロータリークラブ)の現会員数を大きく減らしてまで、いわゆるクラブを2つに割るとか、または分裂・対立状態を作ってまでの拡大を、私は毛頭望んでいません。基本はあくまで『受け皿的クラブ』ですから、自クラブ(稲城ロータリークラブ)会員を対象外としたところで勧誘活動をし、認証条件の『20名』を達成出来ることを目的とした子クラブ作りです。ですから、本クラブ会員から一人も引き抜きません。ですが、ただ今の時点で、この考え方に『志を一にする会員』が出れば、それはそれで、その人の意志を尊重して一緒に舟に乗って欲しいと思います。・・・が、この不況の最悪の環境下(昨年のリーマンショック、今年3月11日の東日本大震災)で、新規で『20名達成』を目指して、私と一緒に舟を漕ぐことが、どれほど厳しい船出になることか!それでも覚悟と勇気のある会員が申し出たら私は拒みません。

手続き要覧の、「新クラブ結成」の項目に、『新クラブの創立会員の最低人数は20名とする。ある地域が、クラブをうまく持続していくことが出来そうだと考えられる場合、可能だったら できるだけ早くクラブを結成すべきである。ロータリーを欲する気持ちを 地域に作り出すのが、ロータリアンの義務である。』・・・とあります。
このことは云うまでもなく、世界的にも、また国内的にも、クラブ或いは会員数が減少化に向かう中で、RI、そして地区の求める緊急課題であると私は認識します。どうかクラブの皆様、新クラブ設立に向かっての〈舟〉を航海に出させてください。

以上が、2010年3月4日のクラブ協議会で述べたコンセプトで、新クラブ設立に向かった〈志の原点〉 はここにあります。

このクラブ゙協議会後に、石井会員、有田会員が正式に名乗りを上げ、そして勤務時間外だったらサポートできるという佐藤事務局の4人が 見果てぬ夢の、新クラブ設立を目指した舟に乗ることになります。

次が「経過・背景報告」です。

2010年、3月4日を遡ること3か月前、2009年12月末、新クラブを結成するということがどういうものであるかを知るため、情報収集を目的として、新藤パストガバナーに電話をしました。 その時、「その件に関しては、現体制では松下地区拡大委員長が責任者なので、松下さんにコンタクトをとってください」との指示を受けました。早速 松下地区拡大委員長に連絡をとりました。 結果、年末ということもあり、新年の1月18日に打ち合わせを持つことになりました。

年明けて、2010年の1月18日、高輪プリンスの城南ロータリー事務所に松下拡大委員長を有田会員と共に尋ねました。委員長はご自分で二つクラブを結成された経験を通しながら、拡大について熱く語ってくれました。結成にあたっての、要点の第一歩としては、まず特別代表を立てる必要があり、そのためにはその人物にふさわしい人を早めに選出し、内諾を得る必要があるとのアドバイスの下、翌19日に自クラブ(稲城ロータリークラブ)の山本会員に「ご相談があります」旨の電話を入れました。 まだ世間的には正月気分が覚めやらぬ中、山本会員は訪れた会合場所で、この特別代表の依頼の話を聞かれた時、少し驚かれたようでした。・・・が、暫くして、「藤井君、正月から いい夢の話を聞かして貰った。 解った! 引き受けましょう。過去、 私も新クラブ設立に向かって挑戦したことがあるが、15名までいって挫折した経緯がある。あと5名がなかなか達成出来なかった。だが時代も変わったし、勧誘条件も緩和されたので、可能性はある。…が、なにせこの不況の時代、かなり厳しい現実でもあるぞ!藤井君、頑張ってくれ! 私も全面的に応援するぞ。」と、承諾と激励をいただきました。

翌月の、2月8日、その後の進展を心配して頂いていた新藤パストガバナーと松下地区拡大委員長と、新宿で食事をしながらの打ち合わせを持ちました。
親クラブとの関係を、『和を持って尊しとなす』の考えの新藤パストガバナーと、『拡大こそがロータリーの発展!ロータリーの歴史!』 とアクティブに、そして情熱的に話される 松下拡大委員長のアドバイスを色々といただきながら、この時、本気で新しいクラブを作りたいという気持ちになりました。

そうして迎えたのが 冒頭に述べました、2010年3月4日のクラブ協議会における設立コンセプトでした。

その後、2010年の4月1日、クラブの意志決定・最高機関である理事会の開会日を迎えました。この理事会で承認を得られなかったらこの夢は頓挫することになります。
賛否両論の議論の末、新クラブ設立に理解を示してくれていた塩崎会長、理事の計らいのもと、『新クラブ設立』案は僅差ながらも承認されました。
そして、更には その6月、親クラブ、つまり稲城ロータリークラブが スポンサークラブになってくれるかどうかのクラブ協議会を開き、私がスポンサークラブのあり方について説明をし、最後に議長の塩崎会長が全会員に賛否を問うた時、圧倒的多数で 親クラブのスポンサークラブとしての承認を得ることが出来ました。

ここで言えることは、この設立宣言と行動が、決して独善ではなかったことです。親クラブとの関係に於いて、何回かのクラブ協議会を開き賛否を問い、また理事会で審議し、多数決を取り付け、全て民主主義的手続きの下に、それをクリアしてきたわけです。
親クラブは、『親クラブの意志』として大多数の会員が 賛成に回ってくれたが故に今日のiシティがあるわけです。
親クラブの会員の皆様には心から感謝申し上げます。

ここでようやく、新クラブ設立に向かって、航海に舟を出すインフラが出来上がりました。全く経験のない航海ですから、一抹の不安もありましたが、石井会員、有田会員、佐藤事務局の4人で設立に向かっての 決意と絆を深くしました。勿論、佐藤事務局員は、勤務中に、親クラブに迷惑を掛けないためにも、勤務時間外で事務所以外のところで、4人と毎週会合を持ちました。

7月からは勧誘活動に突っ走るのみでした。毎週レストランや喫茶店を使って会合を開き、議論を交わし勧誘活動の作戦を練りました。

最初の勧誘活動の成果が出たのが 2010年8月27日の浦野範男会員の入会申し込みでした。これに勇気づけられ二人、三人と、勧誘成果は上がり、4ヵ月後の11月には12人が入会してきました。
更に勢いをつけたい中、これまでの設立活動の進捗状況報告で 新藤パストガバナー、岩倉ガバナー補佐、斉藤拡大補佐と会合を持った時のこと、新藤パストガバナーより、それまで国際ロータリーの新クラブ認証条件会員数が『20名』であったのに対し、2011年1月から『25名』になることが RIからの通達で決まった との報告を受けました。 耳を疑うような話に、気持ちは暗礁に乗り上げた気分でした。と同時に、時間が経つに連れ、周りから、もろもろの意味でのアゲインストの風が強まり、一時は挫折しそうになりました。

・・・が、その後に、その情報を入手されたのか、松下地区拡大委員長から私に電話があり、聖跡桜ケ丘まで訪問され、食事をしながら、「新しく何かを達成しようとするとき困難はつきものです。逆境に負けないで頑張って欲しい! 今度元気の出る、素晴らしい方を紹介しましょう。是非、機会を作って渋谷に来てほしい。」との激励を受けました。(この松下地区拡大の、聖跡桜ケ丘訪問はその後数回に及びました。)

そして、松下地区拡大委員長の指示に従い、特別代表を伴い渋谷を訪問すると、市川パストガバナーが待っておられ、数時間に亘ってご指導をいただきました。『例えどんな困難が待ち受けようとも、勇気を持って頑張って欲しい。世間は理不尽なことで渦巻いているかも知れないが、前に進もうとする時は必ずそいうアゲインストの風にぶつかるものです。 だがやっていることは正義です。これからも威風堂々とロータリー精神を掲げ、勇気を持って荒波に立ち向かってほしい!地区としてもクラブ拡大は最重要課題です。これからは地区としても全面的にバックアップしますよ!』という心からの激励をいただき、再び難局に向かって舟を漕ぎ出しました。

その後に、勧誘活動に一進一退はありましたが、2011年の3月末までに『20名』の新規会員を入会でき、翌4月の後半には 『23名』に達しました。(★その時の「新会員候補者の入会順」と「勧誘活動の結果」は、個人別に成果表として、一覧表にして保管しています。)

・・・が、年度末の6月までに達成目標をおいていたものの、あと二人が決められず、これでは7月からの新クラブとしてのスタートに間に合わなくなる、また一人足りなくても新クラブ結成は出来なくなると大変焦りました。 5月に入り、私は思い切ってある決断をしました。親クラブの例会で〈休会宣言〉をし、詰めの勧誘活動に専念することにしました。自クラブ例会100%(メイク抜き)を6回達成した自分にとって、休会宣言をするなど気が引ける思いでしたが、ここに至っては、やむなきの宣言でした。『一意専心』です。

そして、5月29日の日曜日。勧誘で2時間ほど話し合った末に、念願の『25人目』を達成するに至りました。25人目を締めくくった会員は、40歳の、ファイナンシャル・プランナーで、中学から大学までラグビーを続けて来たというラガーで、スポーツオールマイティの、爽やかで、ボランティア活動に興味津々の 大井清弘会員でした。これで ここにようやく、『25名の創立会員』が揃ったわけであります。大井会員を紹介してくれたのが、新会員の原会員でした。この時の達成感は例えようがありません。

それを機に、仮クラブ例会を実施し、同時に 佐藤事務局員を中心に、国際ロータリー事務局(米)に対し、英文を主体とした、新クラブ結成手続き資料作成に入り、2011年6月17日、ついに国際ロータリー・日本事務局から 念願の『認証の知らせ』を受けました。

その日は 実に 感無量の一日で、25名の全会員で喜び合いました。

そして、ここに 2010-2011年度6月、 辰野ガバナー年度において『東京iシティロータリークラブ』が誕生しました。東京iシティの名前の由来は3つのキーワードから成り立っています。一つは、稲城市がCIとして使っている、「愛の町」の『i』、2つ目にロータリーの信条とする 人類愛の『i』。3つ目は インターナショナルからなる『i』です。この7月から新会員の中から選ばれた新会長(遠藤立一氏)の下に 新会員が一丸となっての、新クラブとしての活動が始まりました。

4ヶ月が経過して、この10月に 市民祭りで iシティのイベント・デビューを飾るなど新会員の絆を中心に極めて順調な滑り出しです。

地区において91番目、多摩東グループにおいて10番目のクラブとして、仲間入りさせていただきましたが、出来立ての 新一年生クラブですが、片倉ガバナーをはじめ、地区役員の方々 そして地域の皆様、各クラブ会員の皆様、どうか東京iシティが 本当の意味で軌道に乗るには、あと4年~5年は時間を要すると思いますが、必ず大きくなって、多くの地域貢献を実現したいと思います。

それまで、同胞のよしみで、温かく包んで頂き、今後ともご指導、ご鞭撻を頂きますようよろしくお願い致します。

以上をもちまして、新クラブ結成経過報告を終ります。

皆様、ご静聴ありがとうございました。